流れる価値を、もっと強く、最大限に

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隣がやっていれば、私も

○7:37_都内のカフェより

先日、夕方ごろに街中を歩いていると、芸能人らしき人が路上で多くの人に囲まれている現場に遭遇しました。
誰だろうと思い近寄ってみると、その人とはトレンディ・エンジェルの斉藤さんです。昨年末に行われたM-1で見事に優勝されたこともあって、流石の知名度と人気っぷりですね( ^^)
「おっ、斉藤さんだ」と、僕も思わず周囲の人に混じり、スマホをカメラにして構えてしまいました。

芸能人て、本当に道を歩いてるんだなー、とか
楽屋裏に繋がる秘密ルートとかってあるんだろうなー、とか

多くの人にもれず、僕も芸能人には縁が遠かったので、それまでは空想でそんなことを考えている人でした。

ま、それは置いといて、”思わず周囲の人に混じり、スマホをカメラにして構えてしまった”事について
今日は話したいと思います。

■隣がやってるなら、僕もしようかな?

あなたも経験したことがあるかもしれませんが、
「それを私”だけ”がやっているのは、恥ずかしいい」という感情に覚えはありませんか?

・いまトイレに行きたいけど、手を挙げて一人で行くのは恥ずかしい
・テレビで言われていることがよく分からないけど、一人だけ知らないとは思わるのは恥ずかしい。
・私だけが真面目にスーツ着てるなんて、気取っているみたいで恥ずかしいい。

いろんな恥ずかしいがあると思います。
そして、僕にとっては急に路上でカメラを取り出して写真を撮ることは実は恥ずかしい行為の一つに入っています。

しかしながら、斉藤さんに対してはカメラを構えてしまいました。ごく普通に、迷いなく、です。
「周囲の多くの人がカメラ構え、撮っているのだからいいだろう。普通の行為だ。」そんな心境だったと思います。

他の場面でも、僕は街歩きの団体によく参加しているのですが、その際も路上で、平然と、カメラを構えます。この時も同じ心境です。

心理的に、”一人”という状況は不安をあおります。
日本語では”一人”という言葉にだけ、”独り”という単語が存在するように、二人以上の場合とは隔絶した差があるようです。

あなたもこの差を感じたことはありませんか?

この心理的な障壁は、単純に”2”が関係するもんではなく、誰と一緒にやるのか、などの他の要因も関わってくるのですが、今は置いといてください。

■5%

どこで見たかも忘れてしまいましたが、自分だけで行動できる人は全体の5%とある記事に書かれていました。
(実際はもっといる?のかもしれませんが、どちらにしろ少数派です)
そして、ここで重要にしたいのは95%は誰かの行動、周囲の流れに依存しているということです。

もしも、あなたが一人の行動を促したいと思っているのでしたら、周囲を動かせばいい。
もしも、あなたが多くの人を動かしたければ、初めの一人さえ動かせば、その人に依存している人も動いてくれる。
もしも、あなたが一人で行動出来ていないならば、同じ95%の人に手伝ってもらえばいい。

5%に入ることは非常に難しいと思います。
ですが、95%であることの利点を見つけ、何かできないかと考えることも案外に面白いと思います。

私は95%の一人として、色んな団体・グループの活動に参加することを楽しむことに決めています。
あなたも流されること、依存することを楽しんでみてはいかがでしょうか?

ここまで読んでくれたあなたに、出来る限りの感謝を。

矢野将太

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